◾️2025年10月31日〜2026年2月1日
◾️ちひろ美術館・東京
練馬区らしい住宅地内にある。


(↑千川通り側から)
初訪問のお目当ては、岡上淑子のフォトコラージュ作品。
当然、最初に2階の展示室2に向かう。
岡上の出品は、展示順に記載すると、
《ポスター》1950年、東京国立近代美術館
《夜》1951年、東京国立近代美術館
《海のレダ》1953年、個人蔵
《彷徨》1956年、個人蔵
《室内》c1953年、東京国立近代美術館
《閃光》c1955年、東京国立近代美術館
《終曲の午後》1952年、東京国立近代美術館
《孤独の讃歌》1952年、東京国立近代美術館
計8点!
2019年の回顧展以後は、一度に2点が最多であった私は、8点が並ぶ風景にテンションが上がる。
いずれも、2019年の回顧展以来の対面である。
(↓4点の作品画像あり)
参考資料も楽しい。
「東洋永和女学校の学級日誌」
「岡上淑子コラージュ展」案内はがき
1953年1月4日〜10日、神田駿河台のタケミヤ画廊で開催された初個展。
約30点が展示されたらしい。
〈瀧口修造による個展の案内文(抜粋)〉
瀧口から岡上への書簡(1953.1.31)
初個展終了後の書簡
(以下抜粋)
だいぶコラージュ旋風が吹きまくってあなたも驚いたでしょう。僕も少々驚きました。世間ではすぐコラージュ博士にしますが、そのうち静かになったらあなたの仕事への欲望がまた戻ってくるでしょう。いつまでもあの純粹な気持をもちつゞけてください。それがコラージュであろうと何であろうと構いません。
「岡上淑子コラージュ展 第2回」案内はがき
1956年5月22日〜31日、タケミヤ画廊で開催された2度目の個展。
約20点のフォトコラージュと約10点の写真が展示されたらしい(その前年頃からフォトコラージュ制作に限界を感じ、写真にも取り組みだしていたようだ)。
翌1957年12月、画家の藤野一友と結婚し、以降、フォトコラージュの制作から離れる。
岡上から瀧口への書簡(1968.4.1)
1967年12月、藤野と離婚したのち、母と息子とともに高知市へ転居した翌年の書簡。
『LIFE 1955.9.12号』
グラフ雑誌『LIFE』は、岡上がその掲載写真をフォトコラージュに使用した雑誌の一つ。
出品作《閃光》に使用した写真が掲載された雑誌実物が展示される。
平型展示ケース内の『LIFE』のほぼ真後ろに、《閃光》が壁面展示され、見比べることができるのは大変嬉しい。
作品下部の男性周辺の雷光、後面を走るものは概ね元写真の利用であるが、前面を走るものは切り貼りしたようだ。
作品全般に言えるが、コピーするわけではなく、拡大縮小するわけでもなく、おそらくスペアを持っているわけでもなく、こんなに繊細な切り貼りを一発で決めていくのだろう、たいへんな技術とセンスだと毎度感心する。


8点ともじっくり観るが、特に《海のレダ》《彷徨》《終曲の午後》に時間を費やす。